デザイン科学の胎動!~デザイン塾こぼれ話

この研究が何か世の中の役に立つといいなぁ…そんなマジメな気持ちでデザイン科学を研究している松岡教授。今この新しい領域の学問は、構築されている真っ最中なんだね。没頭しながらも、果たしてこれは本当に世の中に必要なのかな? 役に立ってるのかなぁ?って、いつも自問自答しているって話していたよ。これまでに、ビジュアル本、一般書、教科書の3冊が誕生したところ。そして今年はいよいよ、事典も出版予定なんだって。これからのモノづくり社会に新しい息吹をもたらしてくれる、そんな期待が高まるニャ。

「デザイン本」トリオでよろしくね☻
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「完全」と「不完全」のあいだ

完全と不完全。または、完成と未完成。

新しいものをデザインするとき、いつもこの二つの境界線がわからない、判断が難しい。松岡教授はそう言うんだ。これで完成って言えるのか、それともまだOKを出してはいけないのか…、新しい製品を生み出す新しい体験であるからこそ、その判断に悩むんだ。でもね、その悩みこそがまた、デザインの醍醐味でもあるんだって言ってたよ。産みの苦しみって、創造の喜びと背中合わせなのかもしれないね。

デュッセルドルフ、ケーニヒスアレーの運河。

 

スマホ断ち

子どものころからテレビが大好き💛という松岡教授。でもテレビって画面がついてるとついつい見ちゃって、気が付いたらあっという間に時間が経ってた!…ってこと、あるよね? これじゃいけないと思った教授は、大学生時代、一人暮らしの部屋に敢えてテレビは置かずに4年間すごしたんだって。そのおかげで、時間を有効に使えたみたいだよ(勉強に?…遊びに?)

そして現在。多くの人間が心をとらわれ、時間を費やしているのは、スマホっていえるかなぁ? 教授だって今や起きた瞬間から寝るときまでスマホを見ちゃうって言ってたもん。そこで教授、ある休日に「この休み中はスマホを見ないぞ!」と決意したんだ。…でも、一日が限界だったみたいだよ。もちろん仕事で使わざるを得ないこともあるけど、用がなくてもつい見たくなっちゃったって笑ってた。みんなもスマホ無しですごせる? スマホ断ちしてみると何かが変わるかもしれないね。

img_1654湖水地方の道
英国、湖水地方の小路。

「感動」って

「感動」は、「驚き」と「共感」の論理積。

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タイ、バンコクの「暁の寺」(ワット・アルン)。

つまり「驚き」と「共感」のふたつが揃ったときに、人は感動する。どちらかひとつでも欠けていたら、感動は生まれないんじゃないかな。松岡教授はそんなふうに言ってたよ。

大人になるということ

大人になったと感じるのは、どんなときなのかな。年齢? 卒業や就職、結婚っていう節目? 松岡教授の場合は、10代後半のとき。心臓の大手術を受けて、生きるか死ぬかの経験をしたとき、はっきりと人生観が変わって大人の世界に入ったと感じたそうだよ。「それまで僕はチャラチャラしてたんだけど、その手術のあと、自分で言うのも変だけど、変わったんだ。遊んでないで、逃げないで、デザインの勉強を頑張ろうって思ったんだ」って。周りの人からも「あいつ、なんか変わったな」って言われたんだって。

ルート66
アメリカ、ルート66近く。

みんなは自分のこと、大人になったって思う? それとも、まだ子どもかな? 自分の未来と真剣に向き合うときがきたら、そのときは覚悟を決めて歩き出して行ってね。

年頭に、「神誓い」のすゝめ

内向的で、自分の殻に閉じこもっていた小学生のころ。松岡教授は、山の上の小さな神社でひとりひっそりすごしたんだ。清々しい空気に包まれると、自然と気持ちが落ち着いたんだって。今でも神社に行くと懐かしさと安らぎを感じてお参りするんだって。

さて、お参りといっても、教授は昔から神様にお願い事はしないって言うんだ。いつも「今度〇〇をします。見ててください」って、決意表明っていうのかな。「神様だってみんなからお願いされたら大変だよ」そう笑ってたよ。苦しいときの神頼みじゃなくて、神誓い。願いや希望って、口にしてみると案外、現実のものになるかもしれないね。

早朝の大宰府あたり。

冬の光

ランスのサン・レミ教会
フランス、ランスのサン・レミ教会にて。

冷えた体を包むこむ、柔らかな光。こわばった心に安らぎをもたらしてくれるような…。冬の光って、温かいね。来年もみんなにたくさんの幸せがありますように…💛