価値観にはイナーシャがある

イナーシャとは慣性、つまり止まっているものは止まり続けよう、動いているものは動き続けようとする物理的な特性のこと。物理学の用語だけど、これって人間の性質にも当てはまるんじゃないかな、って松岡教授は言うんだ。組織や人間は急には変われない、一度身についた思想や行動様式からは、なかなか抜け出せない。そういう経験、みんなにもあるんじゃない?

現代社会では、とかく「変化」=「進化」、と見なす傾向があるけれど。現在の状態を持続しようとする性質も、そう悪いもんじゃないって教授は言ってたよ。慣性がある、つまりルールがしっかりしていると、組織は安定するし、信頼性も増す。それにコロコロと考えが変わっている人がいたら、そんな人間は信用できないもんね。人の価値観なんてそんなに簡単に変えることはできないし、何度言っても変わらない人もいる。でも、それでいい。それが、いい。ブレないことって、ちょっといい感じだよね。

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韓国、明洞の雑踏。
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「足るを知る」ってこと

巨大交通システムやコンピュータネットワーク、原子力やAIなど、人間の生活はどんどん便利に発展してきたよね。でも、と松岡教授は言うんだ。人間、今こそ「足るを知る」ことも大事なんじゃないかなって。

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クロアチアのホテルからアドリア海を臨む。

欲望は創造を生む。でも、創造は不安も生むんだ。物があふれ、満ち足りた時代だからこそ、「足るを知る」謙虚な心が大事なのかもしれないね。モノをデザインするときも同じ。「もっと」「まだ足りない」と際限なく追求するのではなくて、欲望と安心の狭間で考えることを、大切にしなきゃいけないよね。今より多く今より高く、と欲するばかりではなく、今の幸せをもう一度見つめ直し、それに感謝する心を大事に思うこと。それが、創造にもいい栄養素になるんじゃないかって、教授は言ってたよ。

愛がなくっちゃ

「人が寂寥を感じたとき、創作が生まれる。空漠を感じては創作は生まれない。愛するものがもう何もないからだ。創作は、愛に基づく」。

これは松岡教授がもがき苦しんでいた二十歳のころに出会った、中国の小説家・魯迅の言葉。寂寥(せきりょう)とは、心が満ち足りない様子。空漠(くうばく)とは、漠然として捉えられない様子のこと。教授はこの言葉をずっと大切にしてきたんだって。

人間は失敗したり失望したり、「寂寥」となることがあるけど、そういうときこそきっと心の奥に未来への期待をいだいているんじゃないかな。だからこそ、創作が生まれるんだって。もしも心が虚しく孤独で、愛がなければ、創作は生まれない。枯渇してしまうんだ。そう考えると、失敗することも悪くない、のかもしれないね。

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スペイン、マドリッドの「コラル・デラ・モレリア」にて。

AIは発想が得意?~デザイン塾こぼれ話

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中国、上海の海中トンネル。

AIの進化はめざましい。囲碁将棋の世界では人間の世界チャンピオンに勝利し、レンブラント風の絵を描いたり、いまや様々な分野に導入されているよね。でははたして、AIにできないことはないのかな?

たとえば、「デザインする」ということ。さすがにコンピュータにデザインは無理だろう、人間の「発想力」を超えることはないだろう、と言われてきたけれど。松岡教授は言うんだ。むしろAIの方が発想を得意とする可能性が高くなるって。なぜなら、「発想」はアブダクションと呼ばれる「思考」で行われ、そのアブダクションは情報の類推型と統合型の二種類でしかない。いずれも情報の組み合わせによるものなんだ。それこそAIが得意とすることだよね。だから将来は、「AIが発想したアイデア」を「人間が製品化する」ことになるんじゃないかな…。なんだかAIに支配されているみたいで残念だけど、これからの産業構造はそんなふうに「アイデア勝負」から→「早い者勝ち」の時代へと変化していくんじゃないかな。いやな響きだよね。

だからこそ、モノづくりで大事なものは何かな。それは、利益を追及するだけでなく、人間が「哲学」をもってデザインをすることなんじゃないかな。

セレンディップの三人の王子たち

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イタリア、フィレンツェ。とあるホテルの窓から。

最近よく耳にする「セレンディピティ」という言葉。素敵な幸運に遭遇すること、予想外の発見をすることを意味する言葉なんだけど、これはペルシアのおとぎ話『セレンディップの三人の王子たち』を語源としているんだって。

むかしむかしセレンディップ(現在のスリランカ)に三人の王子がいた。三人が王の命令で旅に出ると、無実の罪で捕えられてしまう。それを知恵と機転で解決していく、というお話。そんなふうに、困難を打破する「幸運」が自分にもめぐってこないかな、と誰もが思うけれど。「セレンディピティ」は何の努力もせずに勝手に舞い降りてくる幸運ではない、って松岡教授は考えるんだ。

三人の王子たちは、たまたま誤解が解けて助かったのではなくて、持っている知識を駆使して難題を解決していった。つまり、今までの経験や観察力、知識があってはじめて、正しい解に導かれたんだ。何事にも真摯な態度で取り組み、注意深く観察する心構えを持ち続ければ、日常の中にもセレンディピティを発揮できる場面は、いたるところにあるんじゃないかな。

コピーの箱

新人だったころ、松岡教授は毎日悩んでいた。会議で出てくる言葉がわからない。何をすべきかわからない。そして何より、周囲の人に質問して、相手の貴重な時間を奪ってしまうのも申し訳ない。そんなとき、「そうだ、コピーなら自分にもできる」と思い立って『コピーの箱』を用意したんだ。「コピーが必要な書類はこの箱に入れてください、僕がしますから」。最初はみんな遠慮してた。でも少し経って、A先輩が「じゃあ、これお願い」って、優しい目で紙を一枚、箱に入れてくれたんだ。

数年後、松岡教授はまた悩んでいた。社会性より企業の利益を優先した、気の進まない仕事を命じられたのだ。しかも、それはA先輩の担当する製品だった。教授が言い出せずにいると、A先輩は言ってくれたんだ。「昔、コピーの箱を準備してくれたよね。だから今度は、僕がその仕事をやるよ」って。相変わらず優しいまなざしで、すべてを察していたんだ。

できないことでも一生懸命にやっていると、その姿を必ず誰かが見ていてくれる。信頼が生まれる。困ったときに、手を差し伸べてくれる。そうして、気が付いたら本当の仲間になっていくみたいだね。キミにもそんな仲間はいるかな?

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モロッコ、マラケシュのジャマ・エル・フナ市場。